ビアズリーとジャポニスム 19世紀ヨーロッパを席巻した流行
こんにちは、ボタンです。
今回は、19世紀末イギリスの挿絵画家オーブリー・ビアズリーの作品にみられる【ジャポニスム】について紹介していきたいと思います。
※ビアズリーって誰?と思われた方はコチラの記事をお読みください。
それではまず、ジャポニスムってなに?と思われた方のために、ジャポニスムの軽い説明から始めたいと思います。
その1 まずは、【ジャポニスム】という言葉の定義について。
岩波の西洋美術用語辞典でジャポニスムの項目を調べると、『「日本」という意味のフランス語japonに由来。1860年頃からパリを中心に流行した、日本の浮世絵版画や工芸作品の収集や、単にそれらを鑑賞するだけではなく、積極的に新しい造形感覚に取り入れようとする動きの総称。』云々とあります。
ものすごくひらたく言うと、
「19世紀半ばから終わりにかけて日本美術がヨーロッパとアメリカで大流行り!
見たことのない斬新なアートに西洋人もびっくり仰天!
自分たちの芸術に日本美術のエッセンスを取り入れていったよ!」
という感じでしょうか。
英語にするとジャポニズムですが、フランスが中心の流行であったこともあり、濁らせず【ジャポニスム】とフランス語っぽく表記するのが一般的です。
ジャポニスムには、大きく分けて二つの段階があります。
第一段階
日本美術の中にみられるモチーフなどを単純に模倣して、作品の中に取り入れる。
第二段階
日本美術の造形原理などを分析し、作品に取り入れる。
本当はもっと詳細に段階分けされていたりするのですが、ざっくり分類するとこんな感じになります。
その2 ジャポニスム第一段階 日本趣味
第一段階の具体例としては、ジェームズ・マクニール・ホイッスラーの『陶器の国の姫君』を上げたいと思います。
着物に身を包んだ女性が描かれています。
彼女の手には団扇、後ろには屏風。
日本的モチーフを作品の中に描くことにより異国情緒を狙っているわけです。
こういう風に単に日本のものを作品の中に描いたりすることについては、ジャポニスムではなく、【ジャポネズリー(日本趣味)】という言葉で言い表されることもあります。
ジャポネズリーの作品の中には、浮世絵などに描かれた図案がモロパクリされている例も散見されます。
有名どころでは、エミール・ガレが制作した花瓶《鯉魚文花瓶》なんかがあげられるでしょうか。
その3 ジャポニスム第二段階 日本美術の造形原理などを分析し、作品に取り入れる
さっそく具体例を見ていきましょう。
こちらはウォルター・クレインの『妖精の船』(マザーグース、1870年出版)の挿絵です。
動物たちが擬人化されたかわいらしい絵ですが、この絵の構図の特徴は何といっても、上から見下ろす視点、すなわち【俯瞰の構図】がとられていることです。
この【俯瞰の構図】は日本の浮世絵ではよく用いられていましたが、西洋絵画にはジャポニスム流行の時代までほとんど見られませんでした。
俯瞰の構図がとられた浮世絵の一例です↓
ルネサンス期以降の西洋絵画には、基本的に線遠近法が用いられています。
たとえばこの絵だったり、
この絵だったり。
絵を目の前にしたときに、鑑賞者がその絵と地続きの場に立っているような感覚になるよう意図されているのです。
西洋絵画において【俯瞰の構図】は、日本美術が入ってくるまで、基本的には戦略図やパノラマなどの特別な用途をもった絵においてのみ使用されていたそうです。(ただし、ピーテル・ブリューゲルが描いた絵画のような例外も存在します)
クレインの絵を見て、日本っぽいなぁと思われる方はあまりいないでしょうが、実は浮世絵的構図が活かされた作品なのですね。
次にジャポニスムの具体例としてご紹介するのはチャールズ・リケッツの『スフィンクス』(オスカー・ワイルド著)の挿絵です。
この絵の特徴としては、【非対称的な構図】とそれによって現れた【余白の美】があげられるでしょう。
19世紀末以前に描かれた有名な西洋絵画を思い浮かべたとき、その絵の核、ドラマは画面の中央に描かれているのがふつうです。
伝統的な西洋絵画と比べてみたとき、絵の中心を片側に寄せ、もう片方に大きく余白を抱き込むようなリケッツの描き方は特殊にすら感じられます。
でも、日本美術においては、余白を活かした構図の絵はさして珍しくありません。
たとえばこの浮世絵。
有名な風神雷神図屏風も余白たっぷりの大胆な構図が特徴的です。
以上、3人の画家の作品を具体例としてジャポニスムを紹介しましたが、ジャポニスムの影響が指摘されている画家は他にもたくさんいます。
有名どころではマネ、モネ、ドガ、ゴッホ、クリムト、ロートレックなんかがあげられるでしょう。
それではいよいよ、ビアズリーの作品にみられるジャポニスムを紹介していきたいと思います。
まずは、先にご紹介したジャポニスムの例にみられる特徴をもった作品から。
【俯瞰の構図】
一見してちょっと日本っぽいというかアジアンテイストを感じる作品ですが、この作品の特徴もまた【俯瞰の構図】にあります。
床の面積が画面の半分以上を占めているのです。
西洋の他の室内画に比べると、随分高い位置に視点が配されていると言っていいでしょう。
【左右非対称と余白の美】
めっちゃ右に寄っています。
左上の空間は大胆に放置!
右上にいらっしゃるオスカー・ワイルドさんの戯画もちょっと気になりますが……
お次は先ほどの具体例から離れた例を見ていきましょう。
【人体の構造無視】
以前こういったお話を聞いたことがあります。
日本の着物はまず着物の形が決まっており、その中に身体をおさめるようになっている。
身体のラインに沿うようにして着物が作られているわけではなく、着物のラインがあらかじめ決まっていて、その中に身体を入れて足りないところは補正をしていくわけです。
きちんと確かめた情報ではないので真偽のほどはなんとも言えないのですが、確かに振袖着たとき、変なところにタオル入れられたよな……と心当たりがないわけでもない私がいたりします。
このにわか情報を踏まえてこちらの絵を見てみましょう。
人体構造丸無視ですね。
身体がS字を描いています。
腰はどうなっているのでしょう。
肩についているわさわさしたアレはなにやつでしょうか。
現実的に考えればつっこみどころ満載ですが、それでもこの絵は美しいですよね。
この絵においてビアズリーは、人体を正確に描くことよりも、優美な曲線によって衣服を構成することにより、画面を美しく装飾することに重きを置いています。
浮世絵などに描かれた日本の衣服の表現から得たであろう着想が多々見られるのです。
実際に浮世絵と比べてみるとより分かりやすいかも知れません。
《黒いケープ》と見比べると妙に既視感があります。
肩についているわさわさの正体もなんとなく掴めそうです。
さらに《黒いケープ》の特徴として、衣服が黒ベタ一色で描かれていることもあげられます。
周りの白との対照性が印象的です。
実はこの黒のベタ塗りをアクセントとして使う方法も浮世絵によく見られる手法だったりします。
ただし、ビアズリーの場合は、アクセントどころではなく、【黒と白の対比の美】というところまで浮世絵的手法を昇華させています。
こちらの《ヨカナーンとサロメ》や、『サロメ』の挿絵の中でおそらくもっとも有名な《クライマックス》がより分かりやすいかも知れません。
ここまで鮮烈な対比は浮世絵には見られないんじゃないかなぁと思います。
ビアズリーは日本美術を参考にしながら、独自の様式を確立させていったのです。
おまけ【見返り美人図?】
こちらは『サロメ』の《挿絵一覧表》のための装画です。
私の目にはどうも、この左側に立つ人が菱川師宣の《見返り美人図》そっくりに見えてならないのです。
実際に日賀野友子さんという研究者の方が論文中に見返り美人図との類似をご指摘なさっています。
cinii (CiNii Articles - 日本の論文をさがす - 国立情報学研究所)から無料でアクセスできる論文です。
参考文献に挙げておきますので、ご興味のある方は読まれてみてください。
まとめ
今回は『サロメ』の挿絵にみられるジャポニスムをご紹介しましたが、ビアズリーの作品のジャポニスムはサロメにはとどまりません。
バーン=ジョーンズが影響が濃厚な『アーサー王の死』にも、ロココ趣味全開な『髪盗み』にも、実はジャポニスムが見られるのです。
ビアズリーの絵画様式に影響を与えたのは何もジャポニスムだけではなく、初期ルネサンスやシノワズリーなんかの影響も見られたりします。
けれど、ビアズリーが独自の様式を確立させるために必要だったエッセンスとして、ジャポニスムはとても重要だったと思うのです。
ちなみに、この記事の最初にジャポニスムの具体例として、ホイッスラー、クレイン、リケッツと妙にマイナー路線をあげたのは、このお三方もまたビアズリーに影響をあたえた画家たちだからです。
ビアズリーが生きた時代のロンドンには浮世絵をはじめとする日本美術があふれていました。
自宅の壁に堂々と春画を貼ってお母さんとお姉さんを困らせたという、おいっ、とたしなめたくなるようなエピソードがビアズリー自身に残ってたりします。
けれどビアズリーが画家として活動した1890年代はジャポニスムのブームも後半に入っており、あらゆる画家の作品にすでに取り入れられた後でした。
ビアズリーは日本美術から直接ジャポニスムを学んだ一方で、他の画家の作品に取り入れられたジャポニスムからも学び取っていたであろうことを指摘しておきたいと思います。
前半でさらっとジャポニスムについて説明しましたが、もっときちんと知りたいなぁという方には、馬淵明子さんの『ジャポニスム―幻想の日本』をおすすめします。
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私がはじめて読んだジャポニスムに関する本なのですが、ジャポニスムって何?というところから画家の具体例までとても分かりやすく教えてくれます。
刊行されてからけっこう時が経っているので、最新の研究を知るためには近々の展覧会図録なんかをゲットするのが良いと思うのですが、読んで損はない一冊です。
マイナー路線などと失礼なことを書いてしまいましたが、ホイッスラーとクレインについては、日本でも展覧会が開催されたり、関連書籍が刊行されたりしております。
ご興味のある方はこちらを参考にされてください。
[rakuten:vaboo:13074157:detail]
チャールズ・リケッツについては、残念ながら日本ではあまり紹介がすすんでおりません……。
ビアズリー関連、世紀末関連の画集なんかでちらっと影が出てくるだけの存在リケッツ……。
個人的にすごく好きな画家なので、誰か早く日本語の書籍とか画集出して!と願いつつ締めくくりたいと思います。
次の記事では、ビアズリーの『サロメ』に関連して、世紀末を象徴する存在である『宿命の女、サロメ』を描いた他の画家たちの作品を紹介したいと思います。
色々なサロメが登場します。
妖艶な絵や残酷な絵に飢えている方はぜひご一読ください!
↓ ↓ ↓
参考文献
書籍
馬淵明子『ジャポニスム―幻想の日本』ブリュッケ(1997)
スタンリー・ワイントラウブ、訳:高儀進『ビアズリー伝』中央公論社(1989)
正置友子、他『絵本はここから始まった ウォルター・クレインの本の仕事』青幻舎(2017)
益田朋幸、他『西洋美術用語辞典』岩波書店(2005)
論文
日賀野友子「イギリスのアール・ヌーヴォー研究の一側面:ビアズリーと日本」、『叢書:筑波大学芸術学研究誌』11,35-64(1994)
図版参照元
図1
フリーア美術館HP(https://www.freersackler.si.edu/ja/)
図2
国立西洋美術館学芸課『ジャポニスム展図録』国立西洋美術館、他(1988)
図3
正置友子、他『絵本はここから始まった ウォルター・クレインの本の仕事』青幻舎(2017)
図4
図5
図6
図7
Linda Gertner Zatlin 『Beardsley, Japonisme, and the Perversion of Victorian Ideal』Cambridge University Press(1998)
図8
ボストン美術館HP(https://www.mfa.org/)
図9
建仁寺HP(https://www.kenninji.jp/)
図10、11、12、14、15、16、18
ヴィクトリア&アルバート博物館HP(http://collections.vam.ac.uk/)
図13
図17
図19
東京国立博物館HP(https://webarchives.tnm.jp/imgsearch/)