ボタンのなんとなく美術史

画家の人生や作品についてつれづれなるままに。読むとちょっと美術の歴史にくわしくなれるブログを目指します。

堕ちた星アラステア 遅れてきた象徴派?病的な美を纏う【赤と黒と白の画家】

んにちは、ボタンです。

 

今回は、20世紀に活躍した画家、アラステア(1887-1969)をご紹介します。

 

画家としての名前はアラステア(Alastair)。

 

本名はハンス・ヘニング・ヴォイクト(Hans Henning Voigt)です。

 

ドイツの裕福な貴族の家柄出身……?らしいのですが、「ドイツ人ともハンガリー人ともいわれる」と別の本には書かれていたりします。

 

日本ではあまり知られた存在ではない、はっきりいって謎多き画家です。

 

その1 アラステアの画家人生

 

私はこの画家のことを、オーブリー・ビアズリー(1872-1898)のことを調べる過程で知りました。

 

ビアズリーといえば、世紀末を代表する画家の一人です。

 

アラステアはビアズリーの影響を大いに受けた、いわば「黒と白の画家ビアズリー」の亜流に位置付けられてしまっている画家なのです。

 

そもそも、彼が画家としてのスタートを切った時点で、ビアズリーとの縁は切っても切れないものでした。

 

アラステアを見出したのは、ビアズリーと共に雑誌『イエローブック』を刊行した出版者ジョン・レインだったのです。

 

ビアズリーオスカー・ワイルドの同性愛スキャンダルに巻き込まれる形で『イエローブック』から追放され、その後、25歳の若さで亡くなっています。

※くわしくはこちらをご参照ください。↓

オーブリー・ビアズリー 世紀末に散った華 - ボタンのなんとなく美術史

 

ジョン・レインにとって、ビアズリーは野心を賭けるに足る存在でしたが、庇う勇気は持ち合わせず、彼を手放さざるを得ませんでした。

 

レインにとって、アラステアはいわば、ビアズリーの後継者ともいえる存在だったのだと思われます。

 

1914年、出版者レインによって見出されたアラステアの『アラステア素描集』が刊行されます。

 

1920年にはオスカー・ワイルドの『スフィンクス』の挿絵を手掛け、アラステアの名は世に知られるようになりました。

 

しかし、20年代も終わると挿絵の需要がなくなり、苦しい生活を強いられたようです。

 

再注目を浴びるようになったのは、晩年の1960年代のことでした。

 

順風満帆とはいいがたい画家人生だったのですね……。

 

 

その2 病的な美を纏う作品群

 

それではさっそく、アラステアの作品を見ていきたいと思います。

 

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図1 アラステア作 オスカー・ワイルド著『サロメ』挿絵 1922年刊行

若き天才画家ビアズリーを一躍時の人にした『サロメ』ですが、アラステアもまた『サロメ』の挿絵を手がけました。

 

ビアズリーが挿絵を手掛けた英訳版『サロメ』が刊行されたのは1894年。

 

アラステア版の『サロメ』が刊行されたのは、それから28年後の1922年のことでした。

 

参考までに、ビアズリーの『サロメ』から同じシーンを描いた一葉を見てみたいと思います。

 

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図2 ビアズリー作 オスカー・ワイルド著『サロメ』挿絵《クライマックス》1894年刊行

ヨカナーの首からしたたった血が装飾的な曲線を描いている点や、宙に浮いたサロメという幻想的なイメージに、ビアズリーからの影響が考えられそうです。

 

ただし、アラステアの方がより大胆に余白をとっている点や、色として「赤」を用いている点がビアズリーとは異なります。

 

何より、サロメの身体性の痛々しさは、間違いなくアラステアのオリジナリティです

 

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図3 アラステア作 アべ・プレヴォ著『マノン・レスコー』挿絵 1928年刊行

こちらは『マノン・レスコー』の挿絵の一葉になります。

 

息をのむ美しさですね。

 

私はこの絵を見ると伊藤若冲が描いた鶏さんたちを思い出したりもするのですが……

 

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図4 アラステア作 『マノン・レスコー』挿絵

こちらも『マノン・レスコー』から。

 

ロココの色気がむんむんに漂います。

 

華やかながら退廃美あふれる作品ですね。

 

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図5 アラステア作 オスカー・ワイルド著『スフィンクス』挿絵 1920年刊行

オスカー・ワイルド著【スフィンクス】の挿絵の一葉です。

 

 【黒と白と赤の画家】なアラステアですが、それ以外の色を使わないわけではないのです!

 

シンプルながら遊び心のある画面構成がモダンな印象の絵ですね。

 

 

その3 まとめ

 

いかがだったでしょうか?

アラステアは日本ではマイナーな存在で、学生時代に一生懸命日本語の文献探してはないよ~と嘆いていた記憶があります。

アラステアは素敵な作品を他にもいっぱい描いているので、もっともっと日本での知名度が上がって展覧会とかやってくれないかな!と思っているのですが……。

 

この記事を読んでアラステアの絵好きだな~とか面白いな~と思ってくださった方がいると幸いです。

 

次回は世紀末の西洋絵画から少し離れて、日本の画家、橘小夢をご紹介したいと思います。

 

幻想的で耽美主義的な画風が特徴の20世紀の画家です。

 

アラステアの作品がお好きな方はきっと小夢の絵にも惹かれるものがあると思うので、ご興味のある方はぜひご一読ください!

 ↓ ↓ ↓

botan-art.hatenablog.com

 

参考文献

海野弘『世紀末の光と闇の魔術師オーブリー・ビアズリー』パイ インターナショナル(2013)

海野弘『ヨーロッパの幻想美術 世紀末デカダンスファム・ファタールたち』パイ インターナショナル(2017)

田中雅志「アラステア 黒白赤のデカダンス、或いは星々への回帰」『ユリイカ臨時増刊 総特集:禁断のエロティシズム 異端・背徳の美術史』(1992)青土社

 

図版参照元

図1、4

Pinterest - ピンタレスト

図2

 ヴィクトリア&アルバート博物館HP(V&A · The World's Leading Museum Of Art And Design (vam.ac.uk)

図3

Stuart Ng Books - Illustration Animation & Comic Art

図5

海野弘『世紀末の光と闇の魔術師オーブリー・ビアズリー』パイ インターナショナル   (2013)